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他人の考えていることは分からない。考えているかどうかさえ本当はわからない。他人の中はからっぽかもしれない。それとも、訳の分からないものがぎちぎちに詰まっているかもしれない。
私は私という身体の表面をこえて空間にひろがることができるが、それ以上行けない壁として立ちふさがるのが他人だ。他人は私がその向こう側を想像するしかできない行き止まりの壁に描いてある人間の絵である。
壁の隙間(真っ暗で覗けない)から漏れてくる声が、他人の話す言葉であり、だからそれはどんな愉しい話や笑える話や感動的な話でも本当はみんな薄気味が悪い。
ぜんぶ嘘かもしれないし、嘘どころか何も意味のあることを話してないのに(風がこすれる音なのに)、私が勝手に空耳でそういう話に聞いてるだけかもしれないから。
実話怪談が怖いということの土壌にはそういう風景がある。他人の話にはつねに虚無のこすれる音がまじっている。