小説は○○であるとか、短歌とは○○だとか書いているとき私は、小説や短歌をすべて目にした経験からそう書いていないのは当然として、わずかに見てきた小説なり短歌が多くそうだった、という個人的な知見の報告でさえない。それはたったひとつの作品がそうだったのをジャンルの話であるかのように書くのである。あるいは、ひとつも実例がないでたらめをそう書くのである。小説を書くということは、小説でないものに向かって小説からはみ出していくことであり、小説ではないものから小説の側に侵入していくことである。つまり、小説とそうでないものの境目がつねに問題なのである。小説とは○○であるという定義はそこから地面をめくりあげるため入れる切れ目のようなものだ。そう断言してみなければ、そこが小説かどうかわからないし、はじめから小説だとわかる地面に立っていても小説には進むべき方向が見いだせない。小説ではないかもしれない場所、を小説だと言い切ることで何かけもののようなものが移動をはじめる気配がすることがある。草が踏まれていく。そのかすかなけもの道をまず歩いてみることが、小説のはじまりのひとつだとはかんがえられないか。